|
新しい記事を書く事で広告が消せます。 |
|
2080年には、「ネオ・プリミティズム(新・原始主義)」というパラダイムが浸透している。
人間は自然の一部である、という思想から、 人間はより動物に近づいた生活をすることが指針とされている。 これがかつての「自然回帰主義」と異なるのは、 そこに「ハイテク」の姿が見え隠れするからだ。 たとえば、 この時代の人は、限りなくハダカに近い状態で生活している。皮膚で風や熱を感じ、接触することがより人間の能力をあげ、精神を安定させるからと考えられている。 これがただのハダカと違うのは、一見丸裸にみえるようだが、身体の表面にはうっすらとした網上の膜でできた「肌(服?)」を着ている。 この「肌」が異常な体温の変化や、体温のバラつきを感知すると、膜ののように微小な穴がまるで植物の気孔開いたり閉じたりしながら、体温調節を行う。 また、肌に傷をつける恐れのある強さの圧力を感じると硬化して肉体を守ったり、 害虫や毒草などとの接触が恐れられるときは、電気のようなシールドを発生させることにより、未然に「事故」を防ぐ。 また、食生活では、 ものの「いのち」を食することが生命を育むという考えが浸透し、 なるべく「生きている」食物を食べる生活をしている。 野菜や果物は当りに生えているものをもぎ取って食べ、動物や魚は、仲間と狩猟にいったりして食べる。 まるで傍目には原始(プリミティブ)のような生活だが、この時代を生きていない人は、まさかこれが全て「管理」されている動植物だとは思わないだろう。 この時代には、 「人間は自然の一部であり、また、人間は自然の一部としては生きていけない」 ということが理解されている。 つまり、人間は無数の相関性によって維持されている「自然」と隔絶して生活し、人間が創りだした人間の管理により人間のための「擬似自然」の中で生活しているのだ。 この「擬似自然」のなかでは、自然環境は自然でありながら、人間に最適なようにコントロールされている。 これがかつての世界と異なるのは、それが本当の自然の循環にはそぐわない、ということが理解されているため、外界の自然に影響を及ぼさないよう、伸張に隔絶されている、ということである。 人間が生まれ、そしてその困難さのために否定していった「自然の中での生活」。 それがこの時代は、高度に精密化された科学技術によって「復元」されているのだ。 |
|
|
|
|
|
昔、わたしたちが目指した世界は今のような世界だっただろうか?
僕らが目指す世界は、今この世界の延長線上にあるのだろうか? 街にはピカピカの高層ビルが立ち並び、すべての建物はガラスで覆われ、ツルツルで白くて光を反射してピカピカと輝いている。 車は飛びながら、空中を何層にもわかれて走る。 私たちの生活のすべてはコンピューターで管理され、すべて手元のコントローラーで命令をだせばロボットが即座やってくれ、私たちは何にもしなくてよい。。 食べ物はすべて合成されてつくられ、たった一口でお腹いっぱいになる・・・ 僕らの世界は今、この未来に向かって一直線だ。 建物はドンドンと背が高くなり、ツルツルピカピカしている。 コンピューターはどんどん生活の中に入り込み、いまやコンピューターなしでは何も動かない。 食べ物はすべてパック売りされ、栄養だけを抽出した一口でお腹いっぱいになる食べ物がコンビニでも売られている。 そう、 わたしたちの世界は、ずっと前にどこかの誰かが考えた「未来」のイメージに一直線だ。 そして今もどこかで、たくさんの人がその「未来」を実現するために日夜努力している。 でも、 僕らが目指す未来は、そんな世界で良いのだろうか? 僕らはもう知っている。 ツルツルピカピカした背の高いビルが、さまざまな環境を破壊すること。コンクリートなどの無機的な資材で建築された建物が人体や生活環境に良くない影響を与えること。 車はドンドン増え、大気を汚染している。渋滞は留まるところを知らず、毎日1時間半以上が交通渋滞のためだけに費やされている。車のために、わたしたちの住まいのスペースが削られている。 生活のなにもかもがコンピューターに依存し、素人ではまったく仕組みが理解できない。コンピューターをつくっている会社が消費者の行動をコントロールしている。 食べ物は命を失い、栄養や、おいしさを失っている。土に触れることもなく、薬漬けの食べ物以外は、苦労しないと食べることができない・・・ NHKが製作した「50年後の未来」というテレビ番組のHPをみたことがあるだろうか? http://www.nhk.or.jp/mirai50/ そこに描かれているのは、 50年も前に描かれた「未来像」と幾分も変わらない未来。 手塚治虫が描き、そして警告までしていたあの「未来」だ。 そんな世界がぼくらが今必死に働き、考え、努力して目指している未来なのだろうか? 50年以上も前に、誰かがつくった「未来」を僕らは一生懸命実現しようとしているのだろうか? 僕らの未来は、昔から決まっていたのだろうか? いや、違う。 そうではない。 未来とは、創るものだ。 未来のイメージを創造し、 もっと良い未来、 もっと暮らしやすい未来、 もっとイキイキする未来、 もっと魅力的な未来のイメージを創ればいいのだ。 自分たちで未来のイメージをつくらなければ、僕らは自然と与えられた「未来」に向かってしまう。 与えられた未来のイメージに向かってしまう。 まさに上のNHKの「50年後の未来」の未来のように。 未来を創造しよう! 想像力を膨らませ、 メチャクチャでもなんでも、いっぱいの妄想を描き、 「こんなことがあったら幸せだな!」なんて胸をドキドキさせる。 「夢」を見る。描く。 それが未来を創っていく。 50年前の第2次世界大戦が終わってみんなボロボロだった時、にほとんどの人がこの「50年後の未来」の姿が本当に実現できると思っただろうか? きっとほとんどの人は思っていないだろう。 100年前には、人が空を飛べるなんてことすら誰も可能だとは思っていなかった。 でも、「夢」があった。 そしてその「夢」に魅了された人が、それを実現した。 「夢」や「未来のイメージ」はそういう力を持っている。 「夢」が人に力を与える。 私たちは変えなければならない。アップデートしなければならない。 より魅力的な未来を夢見なければならない。 私たちの住む未来を。 昔より未来に実際に生きた私たちが、より魅力的だと思う未来を。 私たちの子供の生きる未来を。 ビジョンデザイン研究所では、 そんな、 「メチャクチャでもとにかく魅力的な未来のイメージ」 を考え、デザインし、発信します。 そして、はじめは3人からの出発ですが、徐々にたくさんの人たちとともに、それぞれの人が望む最高の未来を妄想し、そしてそれをたくさんの人に伝えていきたいと思います。 魅力的なビジョンは生き残ります。 人に夢をあたえ、活性化させます。 世界を動かします。 マーティン・ルーサー・キングJr.が私たちに与えたのはビジョンだった。 ジョン・レノンが僕らにくれたのはビジョンだった。 ガンジーが私たちに見せたのはビジョンだった。 ビジョンに魅せられた人たちが、ビジョンを現実にした。 ビジョンが世界を変えた。 ビジョンというのは、「壮大な夢」です。 「目標」なんていう小さいものではいけません。 可能とは思えないほど最高で、魅力的で、興奮して、ドキドキして、ワクワクして、美しくて、優しくて、新鮮で、かっこよくて、気持ちよくて、、、 そんなものでないといけません。 「今」の限界を超えて・・・ ビジョンデザイン研究所では、賛同してくれる人、協力してくれる人を募集しています。 はじめは未来のイメージを考えてくれる人、そしてそのイメージを絵にしてくれる人です。 僕が考えたアイデアにアイデアを足してくれるのもいい。絵を足してくれるのもいい。 とにかく、とってもとっっっても魅力的なサイトにしたいです。 たくさんの子供や大人たちが見て、 「おっ!こんな未来いいなっ!!!」 「こんな世界にしてみたい!」 「これを実現できたらすごいなっ!!!」 って思ってくれるビジョンを送り出していきたい。 そして世界中に、 たくさんの「ビジョン・デザイナー」をつくりだしていきたいと思います。 がんばってたくさんの「夢」と「妄想」を送り出していきたいと思いますので、 みなさんどうぞ応援してください。 ビジョンデザイン研究所 代表 木全 慎也 ※ このブログで書いたビジョンおよび記事の著作件はすべてビジョンデザイン研究所に帰属します。 非営利活動で利用される場合には、著作権フリーですので、どんどん紹介してもらって構いません。 営利活動に使用される場合には、必ず著作権の管理者までお問い合わせください。 |
|
| ホーム |
|




